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2004/11/26

しあわせふしあわせって

先日、猫を見かけて写真を撮っていたとき幸せだった、と書きました。
それでふと思ったのです。

人はよく、嫌なことだらけだ、いいことなんて何にもない、といいます。
私ってなんて不幸せなんだろう、と溜息ばかりついている人もいます。
かと思えば、傍から見たら不運続きのように見える人がちっとも
めげていなくて生き生きと輝いていることも。
幸せ、不幸せの分かれ目って何なのでしょう。

悲しいこと、いやなことが重なっているときでも、
素敵な景色に出会ったとき、面白い本に出会って没頭できたとき、
「あ、○○の花が咲き始めたな」と気づいたとき、心地よい風が吹き抜けたとき、
道端で動物たちに出会ったとき、陽射しが気持ちいいなと感じたとき、
温かなお風呂につかって体の緊張が解けたとき、etc.etc....
つかの間でも心が温かくなるのを感じられたら、イコール幸せなのかもしれません。
そんな余裕もないくらい辛かったら? 君は本当の辛さを知らないだろう?
そう問われたら答えようがないけれど。たしかに感じ方は千差万別だから。
でも、小さな幸せを見つけて微笑むこと、忘れずにいたいと願っています。
ほら、「笑う門には福来る」って言うし。

先日あるTV番組内の再現ドラマで出てきたせりふ。
「悲しいからって、他のすべてのハッピーをないことにしてしまうの?」
(うろ覚えなのでちょっと違うかもしれないけど内容は同じだと思います)


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コメント

分かってはいるのだけれど、
何かに心を囚われて嫌な事でいっぱいに
なってしまうと どうしても好い事に思えなく
なってしまうんですよね。
嫌な事があるたび、好きなお花を買って
ちょっと幸せ気分になって しのいでいました。
そうしたら、お花で一杯になってしまって、
嫌な事の数がこんなにあるなんて、と思ったら、
凄く落ち込んで、落ち込んだら・・・・
お花が枯れ始めた。

わーーーみんな、ごめんねー!!って、
やり直すことにしました。(笑)

些細なことでも、出来事や人との出会いっていいですね。
気が付く事が出来るように、心の目を曇らせないでいきたいです。


投稿: ひょん | 2004/11/26 19:28

ひょんさん、ありがとうございます。
そうなんですよね、悲しいこととか嫌な事とかあると、どうしてもそのことだけで心も体もいっぱいになってしまいがち。
そんなときふっと小さなhappyに目を向けることが、心の窓を開けて新鮮な風を通すようなそんな作用ももたらしてくれると思うんです。些細なhappyにも気づける「心の目」大切にしていきたいです。

投稿: ポージィ | 2004/11/26 21:01

ポージィさんが引用されたドラマのせりふを見て、20歳のとき亡くなった友達のお通夜で、共通の友達が言っていた言葉を思い出しました。
「今ものすごく悲しくて、死んでしまいそうなくらい悲しいのに、お腹がすくんだよねぇー。で、ご飯を食べたら、死ぬほど悲しいのに、おいしいんだよねぇー」
生きてるって、時にものすごく罪深い。いいことばかりは続かないし、辛くて悲しいときもあるけれど、ご飯が食べられるうちは、まあ、どおってことないのかな、と。
若くして亡くなってしまった友達のことは、今でも悲しい思い出ですけど、とても大切なことを教えてくれた気がして、しあわせな思い出でもあります。

投稿: cue | 2004/11/29 03:00

cueさん、辛い別れを経験されましたね。
ものすごく悲しくて、人相変わってしまってもまだ涙が止まらないようなときでもお腹は空くし眠くもなる...。後ろめたさを覚えた経験、あります。生存本能なのかな。
cueさんのおっしゃるように、ご飯を食べられるうちは生きていく強い力、乗り越えていく力があるってことかもしれません。またそのことに後ろめたさを覚える必要なんてないんですよね。

投稿: ポージィ | 2004/11/29 12:42

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