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2006/12/08

残念なこと

私が暮らす町の家から駅まで歩く道沿いには、越してきた13年前には
3本の大きなイチョウの木がありました。1本は広い幹線道路に架かる歩道橋の脇。
もう1本はある通り沿いに建つアパートのすぐ脇。そしてもう1本はT字路の角地に。

引っ越して来てまだあまり間がなかったころ、まず歩道橋脇の大きな1本が切り倒され
姿を消しました。小さな鳥の形の黄葉を楽しめたのは何回だったでしょうか。
それから数年、他の2本がかなりの強剪定を受け、去年辺りからやっとまた
芽吹きと緑の葉と黄葉を楽しめるくらいに伸びてきたところでしたが…
アパート脇の1本は高さ3メートルほどの切り株になり、残るもう1本は
 
061129ityou_kirikabu
 
 
 
 こういう姿になりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
切り株姿だけではあまりに寂しいので、近くの神社のイチョウの写真を…。
写真は明と暗のコントラストが強すぎてイマイチですけれど、このイチョウを見たことで
ホッと気持ちが救われました(^^)
 
061201zinzya_ityou1 061201zinzya_ityou2
 
………………☆
長時間にわたるココログのメンテナンス、終わった~と思ったら、どうやらメンテナンスに
よって障害が出ることが分かったらしく、メンテ以前の状態に戻された模様。
ということは、後日もう一度今回のメンテナンスのやり直しがあるのでしょう。
おや… ココログさん、非難轟々雨霰浴びせられてます。
そこまで言う?っていうような言葉まで。ちょっと気の毒…

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コメント

去年、パツンパツンに散髪されたイチョウさんの話を聞きました(読みました)が、とうとう切り株のむくろになってしまいましたか・・・
人間にいじめぬかれたイチョウさんの最後の姿・・・
幹の太さからかなり長い間その地域の様子を見てきたイチョウさんのようで。大きな穴があいているけどこれは病気をしていた?頑張って生きてきたんだね。

もう随分以前の話でどこの地域かも忘れてしまったけど、ある山の大きな木が邪魔(人の都合)で切り倒したら、他の木々も枯れてしまった。大きな木の根は地中を通じて他の木とも繋がっていた。木の根の張りが無くなった山は土砂崩れが頻繁に起きるようになったと。
自然の動植物を破壊する人類はどれほど生きていけるのだろうか・・・
今日はちょっとしんみりです。

投稿: あまもり | 2006/12/08 11:16

なんでこうゆうことになったんでしょうね。
大きな木を切られるって、なんか悲しい気分になるのはなぜでしょう。
最近、私はイチョウの木を見てない。そういえば。
仕事に行く途中にあるはずなのに。
忙しすぎて、そうゆう自然を見るのを忘れてました。
せっかくあるのだから、明日からは気にして見てみようと思います。

投稿: てる | 2006/12/08 14:33

古い大きな木が次第に邪魔者扱いにされるのは寂しいですね。
生活に余裕がなくなったのでしょうか。
神社には参道の左右にイチョウがつきもの、長く残ってほしいですね。

投稿: 横浜のおーちゃん | 2006/12/08 15:02

◆あまもりさん、ありがとうございます ♪

とうとうこんなになっちゃいました(;_;)
去年の姿を見てやってください。
   ↓
http://fshop-posyposy.cocolog-nifty.com/posyposy/2005/12/post_d51a.html

前回の強剪定というのが、3mくらいの高さで幹を輪切りだったので、
よくぞここまで回復したなぁと感動と共に撮った写真。
結局それが最後になってしまいました。
かなり太い木でした。うろができていたのは、前回ブッツリ切られたとき
切り口から菌が沁み込んで病気になったのかもしれませんね。

あまもりさんが書いてくださったお話は、実際に起こったことなのですか?
説話的なお話ですが、大木を1本切り倒したことが山全体を殺すことに
なってしまったということ、実際に起こりうることだと思いました。


◆てるさん、ありがとうございます ♪

てるさんも悲しい気持ちになる?わかってくれて嬉しいです。
大きな木に対して人間は、無意識に木霊を感じ取っているんじゃないでしょうか。
古来自然を敬ってきたDNAが抵抗しているのかもしれない…

宅地開発以外で大木が切り倒されるのは、落ち葉を掃除できないから
落ち葉が人様に迷惑だから、という理由が多いような気がしますよ。
他には新しく宅地開発して建てた家の日照を考えて切っちゃうとかね。
うちの近くには、樹齢を重ねた大きな木がまだまだたくさん残っていたけれど、
ここに移り住んでからの13年間で、宅地開発のためにも軽く100本以上は
切られていると思いますしね。

通勤路にイチョウがあるの?それならば是非ちょっと目線をあげて
その姿を見てみてね。そこにあるうちに。


◆横浜のおーちゃん、ありがとうございます ♪

大きな木、とかく邪魔者扱いされがちな昨今ですね。
私の住んでいる場所ももとは林だったようで、そこに生えていた木々の
犠牲の上に暮らしているのですから、大きな口は叩けないのですが、
それでも人間とはつくづくエゴの動物だなぁと思います。
生活にゆとりが無くなった…心の豊かさの面で特にそう言えるような
気がしますね。
この神社のイチョウも、何年か前にはショックなほど強剪定されたのが、
ここまでまた育つことができました。
どうかずっと残っていて欲しいと思います。(七つ木神社です)

投稿: ポージィ | 2006/12/08 18:06

これから段々と温暖化が加速されていく時代に逆らった行為の1つですね。
日本はまだ山が70%あるからいいけれども、平地に木がなくなっていったら、いつか苦しい思いをするのですが。
何故切るのか。お掃除が大変というが多いですね。後は宅地開発の敵は大木とか。
大木になると電線に引っかかったり、剪定もとてもお金がかかるそうですね。
ああどうしたらいいのでしょう。寂しい限りですが仕方ないことなのでしょう。

投稿: tona | 2006/12/08 19:49

民話でも昔話でもありません。実際にあったことです。
もう数十年前になるかなぁ。新聞記事でした。
信州だったか、四国だったか、地域名は忘却の彼方。
確か道路を作るためにその大木が邪魔になったと記憶しています。
大木を切った後、周りの木々が枯れたというのははっきりと覚えていますが、土砂崩れの件は少し私の創作かも・・・(^_^;

投稿: あまもり | 2006/12/08 19:50

いつぞや、偶然テレビで知ったのですが。
最近は木のお医者さん的なライセンスを持っている方がいらして、
全国を飛び回って、病気の木を生き返らせる活動をするらしいですね。

例えば寺の境内ならお寺の方の了承、街路樹なら自治体を説得して樹齢何百年って木の根元をすべて検査するそうです。
大変な労力、時間、お金がかかります。
重機までかり出しての作業ですから。。。


投稿: noodles3 | 2006/12/08 20:54

◆tonaさん、ありがとうございます ♪

仕方のない場合もあるのでしょうね…。
それぞれの事情というのは理解できているつもりなんです。
でも、掃除が大変、森林をやめてそこに建物を建てたい、邪魔…etc.
ついこの前までそこに木々が生えているのが当たり前だったのに、
ちょっとした人間の都合の変化で、何十年、何百年と生き続けてきた
命がたやすく絶たれてしまうのを目の当たりにすると、切なくって(T_T)
元林だった土地に建てられた家に住み、庭に自然に生えてきていたヒバ系の木が
あまりにスクスク伸びて、狭いうちの庭には置けなくなって切ったことも
ある身としては、大きなこと言えた立場じゃないのですけれど…


◆あまもりさん、ありがとうございます ♪

再訪くださってありがとうございます。 …実話でしたか。
人間には上っ面のことしか見えていなかったかもしれないけれど、
その大木と他の木々には密接な繋がりがあって、連携して山を作って
いたのですね。
大木が失われたことで次々にバランスが崩れ、木を失った山は
根の支えを失い土砂崩れや洪水を起こしやすくなり…
昔から森の中の大木を御神木として敬い大切にしてきた背景には、
そうした古代の人の知恵もあったのかもしれませんね。
現代人は自然に対してあまりに傲慢になりすぎているような気がします。
私の家は元林だった土地に建てられたものですし、庭に生えてきたヒバ系の
木を切ってしまったこともあるのですから、大きなことは言えないのですが、
この頃では木々が切り倒されるのをみるたびに、ドボドボ落ち込むように
なってしまいました。


◆noodles3さん、ありがとうございます ♪

樹木医と呼ばれる人のこと、私もTVで見たことがあります。
古木を簡単に切り倒してしまうのではなく、大事に守っていこうとする
人々がいることは、大変なことでしょうけれどありがたいですね。

でも、このイチョウは病気のせいで切り倒されたのじゃないと思うんです。
秋にはその枝の下のアスファルトの道路が一面黄色く染まっていましたから、
その落ち葉の始末が大変だったり苦情が出たり、という理由だとおもわれます。

投稿: ポージィ | 2006/12/08 21:32

切り倒すにはそれなりの事情があるんだろうとは思いますが、あまりにエゴが過ぎると、同じ人間として淋しくなってしまいます。
便利、簡単、楽だけを求めてきたツケが、社会のあらゆるところに弊害となって出てきているし、それに対しての反省の機運もあると思いたいのですがね。
それなりに納得出来るような理由で、イチョウの木が切られたのだとよかったんだけどな。

こちらでも街路樹の落ち葉は厄介者扱いされ、植え替えるところも出てきているという話を聞きます。
落ち葉を踏んで転んだりと、あながち無理からぬ理由もありますがね。
最初に植物の性質を考えなくて、見た目とか成長の良さ、排気ガスに強いからという理由だけで、街路樹を選定したことも問題だと言われています。

投稿: goro's | 2006/12/09 02:27

先日伺いましたらメンテナンス中でした。
大きな木がだんだんと切り倒されていくのは何かかわいそうで・・
いろいろと理由もあるようですが、しかたのないことでしょうか?
我が家でも周りの家で木をきって、くれたおかげで明るくなり、
葉っぱのお掃除が楽になりました。
道路のイチョウは葉が落ちて道路いっぱいに黄色のじゅうたんです。
やっぱり綺麗な後はお掃除大変だなあと思う私です。

投稿: あやや | 2006/12/09 06:31

◆悟郎さん、ありがとうございます ♪

落ち葉は、かっては土に還すこともできたのに、アスファルトの上に落ちたのは
ビニール袋に詰めてゴミに出さなきゃならない。大変、面倒。お金もかかる。
高齢になって、忙しくて、とてもじゃないが落ち葉掃きに手が回らない。
雨などに濡れた落ち葉は滑りやすくなって危ない。
そうなんですよね… 事情はわかるけれどやりきれなさもどうしても
拭えなくて、こういうのを見るたびに愚痴り嘆きたくなってしまいます(-_-;)

並木に関しては、電線につっかえるからばっさり切らなきゃいけないのなら、
最初からそんなに大きくならないものにすればよかったのに、一度に大量の
落葉が嫌なら常緑樹にすればよかったのに、と思っていました。
ガーデニングなどは、植生や生長をみこして植え込みのレイアウトを考えるのに、
並木などはそれがほとんど考えられていないような気がします。


◆あややさん、ありがとうございます ♪

メンテナンス中にも来てくださっていたのですね。
長~いメンテでご迷惑おかけしましたした。

庭で大きく育った木は、どうしても剪定の必要はありますね。
ときには切ってしまわざるを得ない事情もあるのでしょう。
降り積もる落ち葉は綺麗だけれど、たしかに掃除が大変…
でも、そういった事情を色々わかってはいても、何十年、何百年と
その地で息づいてきた木が、人の手でいとも簡単に切り倒されて
しまうのを見ると、胸が苦しくて辛くてたまらない気持ちになってしまいます。
それでついつい、ここでも、もう何度も愚痴ってしまっています。

投稿: ポージィ | 2006/12/09 10:29

大きな銀杏の木がバッサリですか?悲しくなりますね。伐採するにはそれなりの理由があるのでしょうが、あまりにもむごい感じで、気が滅入ります。こんな経験、時々ありますね。伐採する側にはそれなりの大義名分はあるのでしょうが、私なぞ、ほかに方法はなかったのかな、などとついつい思ってしまいます。

投稿: 茂彦 | 2006/12/10 19:50

◆茂彦さん、ありがとうございます ♪

そうですよね…。私も茂彦さんが書いてくださったのと同じ気持ちです。
今住んでいるこの地域は、駅から徒歩10分足らずの場所ながら
周りに自然がたくさん残っているところだったのですが、
だから余計に宅地開発・その他による自然消滅をたくさん目にする
羽目になったのかもしれません。
10余年の間に100本を超える大木が切り倒されるのを見てきて、
さらにこの秋はいつも気に留めていたイチョウまで、というので
かなり気が滅入りました。(;_;)

投稿: ポージィ | 2006/12/11 08:51

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