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2019/07/17

感動の読後 - 日日是好日 -

少し前のこと、新潮文庫の

『日日是好日』「お茶」が教えてくれた15のしあわせ -森下典子 著-

を読み終わりました。

読んでいる途中からもでしたが、読み終わって、何とも言えない清々しく

爽やかな感動の思いと喜びに満ちていたのです。

柳家小三治さんの解説を読み始めてさらに嬉しくなりました。

 『日日是好日』初版2002年1月。感動の読了だった。

  この感動を誰かに伝えたい。いてもたってもいられなくなった。

おこがましいけれど、柳家小三治さんと自分は同じ感動を共有できたのかも

しれない、などと。

読んで感動する本はたくさんありますが、今回、腑に落ちる感動だったと

いいますか、自然や花を記事にしていることもあり、珍しく本のご紹介を

してみたくなりました。

 

著者・森下さんは、まえがきの中でこんなふうに書いていらっしゃいます。

   世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の

  二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。

  けれどすぐにわからないものは、(中略)何度か行ったり来たりするうちに、

  後になって少しずつじわりじわりとわかりだし、「別もの」に変わっていく。

  そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎ

  なかったことに気づく。

     (中略)

   すると、ある日突然、雨が生ぬるく匂い始めた。「あ、夕立が来る」と、

  思った。庭木を叩く雨粒が、今までとはちがう音に聞こえた。その直後、

  あたりにムウッと土の匂いがたちこめた。

   それまでは、雨は「空から落ちてくる水」でしかなく、匂いなどなかった。

  土の匂いもしなかった。私は、ガラス瓶の中から外を眺めているようなもの

  だった。そのガラスの覆いが取れて、季節が「匂い」や「音」という五感に

  うったえ始めた。自分は、生まれた水辺の匂いを嗅ぎ分ける一匹のカエルの

  ような季節の生きものなのだということを思い出した。

     (中略)

   どしゃぶりの日だった。雨の音にひたすら聴き入っていると、突然、部屋が

  消えたような気がした。私はどしゃぶりの中にいた。雨を聴くうちに、やがて

  私が雨そのものになって、先生の家の庭木に降っていた。

  (「生きてる」って、こういうことだったのか!)

   ザワザワッと鳥肌が立った。            -引用終わり-

 

お茶(茶道)の本質や意味が、すこしばかり垣間見えたようにも思います。

お茶は、若い時、故郷で伯母に1~2年習いましたが、引っ越しで途切れそれきりに。

作法もすべて忘れてしまいましたが、そのまま、習い続けることができていたら、

著者が感じたような変化が自分にも訪れるときが来たのか、知りたくなりました。

お茶を習うことはこの先もないと思いますが(正座ができませぬ)、その後の

生きてきた時間の中で、自分の中でもこうしたことが少しずつ起きていたのでは

ないかと、そのようにも思え、冒頭に書いたように、感動に満ちながら読み終える

ことができたのでした。

「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」は、黒木 華さんと樹木希林さんの

出演で映画化され昨秋公開されました。映画の中でどのように描かれたのかも

知りたくなりましたよ。機会があれば映画も観てみたいと思っています。

 

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コメント

おはようございます!

珍しくご本のご紹介ですね。
私も是非読んでみたくなりましたよ。
引用された箇所は 私も以前から感じていた部分なので。
人の感性って いろいろあると思うのです。
TPOによってその時 その時を感じられるというのが大切ですね。
ありがとうございました。

投稿: pole pole | 2019/07/17 09:11

☆ pole poleさん、ありがとうございます ♪
 
おはようございます。
 
本のご紹介なんて滅多にしたことなかったので、
躊躇いながらのアップでしたが…
pole poleさんにもご関心持っていただけて嬉しいです。
そうですね、人の感性はいろいろありますね。
その時その時を、感じとっていけると、
生きることがもっと豊かになりそうです (*^^*)
 

投稿: ポージィ | 2019/07/17 09:34

こんにちは。
この本読みました。
そして、読後ブルーレイをレンタルし再度感動いたしました。
樹木希林さんと黒木華さん、もともと好きな女優さんでしたが
ますます好きになりました。
私はお茶の心得はありません。
でも読んでいて、茶道とはこんなにも奥深いものだったのかと。
季節の移ろいに対する感性、植物への愛情・・改めて考える機会を与えてもらった気がします。
ポージィさんと同じ思いを持つことができ嬉しいです^^

投稿: えぷろん | 2019/07/17 13:05

こんにちは。

映画になった本ですね。
映画を見ていませんのでいつかチャンスがあったら見てみたいです。
お茶の心ですか。私も学生時代と勤めてから茶道部でちょっとだけやりました。今袱紗だけが残っていますが、処分です。
茶道は心の面はきっとこの本で分かるのでしょうが、掛け軸、お道具の数々の由来、書道、お花や華道、和服の知識、茶道の歴史、建築、お庭など知らないといけなくて実に奥深いです。
私も座れなのと、着物を全部処分しちゃったのでこれから茶道をやることはないです。しかしその精神性はこうした本で知りたいものですね。
ご紹介ありがとうございました。

投稿: tona | 2019/07/17 15:22

☆ えぷろんさん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
あ、お読みになりましたか。映画もご覧になったのですね!
そして両方に感動されて。私も、映画もぜひ観たくなりました。
そう、あのお二人の女優さんが演じていらっしゃるというだけでも
観たくなりますよね。
私も茶道はすっかり忘れてしまいましたので、作法とは別の部分の
心で感じ味わう茶道の奥義のようなものを、この本で知ることが
できたような気がしています。そして、それは茶道というくくりは
必ずしもなくても感じ味わっていくことができるものだと感じました。
>季節の移ろいに対する感性、植物への愛情・・
えぷろんさんの仰るとおりですね。私も嬉しいです。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/17 16:25

☆ tonaさん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
はい、黒木華さんと樹木希林さんの共演で映画化された原作です。
私も映画は観ておりませんで、まず原作を読んでみました。
私も茶道はほんのさわりをなぞっただけで、作法もすべて忘れてしまって
何も残っていないと思っていたのですが(伯母に申し訳ないのですが;)、
こちらの本を読みましたら、茶道ってそういうものだったのだ… と、
何かその心や目的とするものが少しわかったような気がしたのです。
お道具や掛け軸などの作者や由来といったものの知識も必要かもしれませんが、
そういう知識よりも、なぜそれを使い飾るのかという心、
四季折々命や事象を慈しみ向き合い一体となる心、
そういうものこそが、茶道で求められるものではないのかしら、と
そんな気がしました。
そして、茶道をたしなまずとも、そうした精神的なものを
日々の生活の中で大切にしていきたいものと思いました。
様々な美術品にもお詳しいtonaさんも、お感じになることが多い
本となるかもしれません(^^) 
 

投稿: ポージィ | 2019/07/17 16:35

こんばんは。
『日日是好日』の原作をお読みになられましたか。
原作は読んでいませんが、昨年10月、近くの
イオンシネマで映画を観ました。
亡くなられた樹木希林さんと同世代ですが、最期の
名演技でした。お若い黒木華さんもすばらしい演技
でした。
ストーリーは、淡々と進むのですが、まさに、
日日是好日でした。機会があれば、映画もご覧くだ
さいよ。
あのときのセリフも名言のひとつにさせていただき
ましたよ。
「お茶はね、まず形なのよ。初めに形を作っておいて、
あとから心が入るものなのね」、「わたし、最近思う
んですよ。こうして毎年同じことができるってことが
幸せなんだなって」


投稿: しらこばと | 2019/07/17 19:37

☆ しらこばとさん、ありがとうございます ♪
 
こんばんは
 
私も映画の予告で知ったのが最初でした。
樹木希林さんのことが好きで、お若くて名演技の黒木華さんと
共演していらっしゃるとあって観てみたいと思いつつ機会を逃しましたので、
原作を読んでみることにしました。
やはり映画も良かったのですね。いつかきっと観ようと思います。
原作で著者は、なぜ何故かも分からないまま同じことの繰り返しばかり、
といった感じで億劫になったり反発を感じたり悩んだりしつつも
お茶を習い続けるうちに、やがて自然と気付きを得ていきます。

しらこばとさんが名言としてご紹介下さったセリフが、心に沁みます。
日日是好日 は、自分次第でもあるのですね。
まだまだそこに至らない自分ですが(分かった気分でいてもすぐ吹っ飛びます)、
しっかり心にとめていきたいと思います。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/17 20:50

こんばんは。
日日是好日。この言葉はよく目や耳にしますが、ここでは「お茶」の話ですか。
お茶は好きですが、茶道は全く無縁です。でも、まえがきを拝見すると読みたくなりました。

投稿: 横浜のおーちゃん | 2019/07/17 21:26

☆ 横浜のおーちゃん、ありがとうございます ♪
 
こんばんは
 
言ってみれば、著者がお茶の稽古を通して気づいていったことをまとめた
エッセイで、新潮文庫の裏表紙には
『お茶を習い始めて二十五年。就職につまずき、いつも不安で自分の居場所を
 探し続けた日々。失恋、父の死という悲しみのなかで、気がつけば、
 そばに「お茶」があった。がんじがらめの決まりごとの向こうに、
 やがて見えてきた自由。「ここにいるだけでよい」という心の安息。
 雨が匂う、雨の一粒一粒が聴こえる……季節を五感で味わう歓びとともに、
 「いま、生きている!」その感動を鮮やかに綴る。』
と書かれています。
著者はお茶を通してですが、そうでなくとも同じようなことを感じ
日日是好日として日々生きていくことができるようにも思います。
同時に、お茶の、茶道の真意はこういうことだったのかと気づかされる思い
でもありました。とても読みやすい本ですよ。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/17 21:37

ポージィさん
おはようございます
私はお茶の経験は全くないのですが
子どもの頃、母親に連れられ、親戚の家を訪れ、お茶をご馳走になりました
”すすり茶”とか言っていたように、記憶しています
とても美味しかったことを思い出します
不思議なことに、この出来事は、いつまでも記憶に残っています
お茶は、お猪口くらいの大きさのコップに、ほんの少ししか入っていませんでしたが・・・
これも一つの茶道の感性なのでしょうか?
今から思うと、茶道は奥深いなあと思います
的外れなコメントかもしれませんが、悪しからず

投稿: フクジイ | 2019/07/18 07:20

こんにちは♪

お茶、私もポージィさんと同じで、若い頃のチョッとかじった程度です。
その後家庭を持って、抹茶茶碗・茶筅と安い抹茶を買って・・・。
でも、最近は全く呑まなくなり、お茶碗はおかゆ茶碗になってしまいました(恥)
ポージィさんの受けられた感動・・・私もそのうちに・・・
本を図書館で探してみます。

投稿: 雪ん子 | 2019/07/18 15:49

☆ フクジイさん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
お子さん時代にそのようなご経験を?お猪口くらいの大きさの器で、でしたか。
子どもということで少しにして下さったのかもしれませんね。
子どもの頃いただくお抹茶は「苦~い!」という感想が多いと思いますが、
フクジイさんの中ではとても美味しい思い出でいらっしゃるのですね。
私は、若かりし頃伯母に習っていたときは、まだ白紙状態でした。
教わるままに動いていただけで。お作法に縛られているかのような
茶道の真意のようなものが、そうだったのか、と垣間見えたのは
今回この本を読んでのことでした。
同時に、茶道はやめてしまったし完全に忘れてしまったけれど、
茶道の真意に通じるようなものは、その後の人生の中で少しは育まれて
きていたと感じることができたのがとても嬉しかったです。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/18 15:58

☆ 雪ん子さん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
雪ん子さんもお若いころに少し茶道を習われたのですね。
ご結婚後お茶碗などお求めになってお茶をたてられたこともおありだったのですね。
私は、伯母が故郷を離れる私にわざわざ短冊箱茶道具セットを持たせてくれたのに、
一向に使うことなく、箱ごと部屋に置いたままなんです。
茶筅なんて、今使ったらぼろぼろに崩れるかも…
宝の持ち腐れ、伯母の心遣いを無にして罰当たりな私です。
でも、今回の感動は、茶道の真意が垣間見えた気がしたことももちろんのこと、
お茶を習ってはいなくてもお作法は忘れていても、作者の書いていることが
理解・共感できたことからも来ています。
自然を愛し、自然の中に身を置いていらっしゃる雪ん子さんも、
きっと同じように感じられると思います(^^)
 

投稿: ポージィ | 2019/07/18 16:07

 そうですね・・・
今晩は~

 大変遅くなりまして・・汗
山道での・・特に下り坂で、落ち葉を踏みしめながらの降り始め、この匂い・・・! 思い出しました。
 また、庭での手入れ中も・・・。
更に、パラパラと・・雨が、窓を開けた時のこの香り・・。
いや匂い・かな。

 先日、私用の茶筅・購入しました~♪
京都でも、何度も抹茶を購入しているのに。
飲んではいても自分ではやらず・・。
 時には静の時もあらねば、頭も落ち着かせて・・・!
  ありがとうございました。 

投稿: | 2019/07/18 20:09

☆ ヒロさん(でいらっしゃいますよね?)、ありがとうございます ♪
 
こんばんは
 
茶道って、日々のその時その時と全身全霊でもって向き合い大切にすること、
五感で四季を感じることに繋がるのですね。人も自然の一部であること、
自然と同じように人もまたただそこにある存在であると知ることなのですね。
そしてお客様にも四季を感じていただけるよう、茶花も掛け軸もお菓子も
お道具のしつらえも全てに気を配るのですね。
茶道をたしなんでいなくてもそのように生きることは、人生を豊かに
してくれますね。
ヒロさんも山道で、お庭で、自然に溶け込む体験をしていらっしゃいますね。
そうそう、お茶も… 茶筅もお買い求めになられたばかりでしたか。
お抹茶でも煎茶でもコーヒーや紅茶でも、ゆっくりゆったりと
味わいながら、静かに落ち着いた時間を持ちたいものですね。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/18 20:30

こんばんは。
「日日是好日」、残念ながら、読んだことない本ですが、ポージィさんの読書感を拝見して、機会があればぜひ読んでみたいと思いました。
いつも思うのですが、作家の方(エッセイストも含めて)って、感性が強いというのか、観察力がすごいですよね。
もちろんそれを表現する力もすごくて、昔から作文が大の苦手だった私にとっては、神様のような存在です。(笑)

投稿: ソングバード | 2019/07/18 21:13

☆ ソングバードさん、ありがとうございます ♪
 
こんばんは
 
映画の予告で初めて知った本でした。樹木希林さんと黒木華さんの共演、
ということで映画に興味を持ったものの観られませんでしたので、
原作を読んで見ることに。本屋さんにたくさん平積みされていましたし(^^)
エッセイで、とても読みやすかったですよ。あとがきを書かれた
柳家小三治さんもお茶をされている方ではありませんが、ぐんぐん
引き込まれながら読まれて感動されましたし、私もお茶のことは
綺麗さっぱり忘れてしまったけれど、引き込まれながら読みました。
作文が大の苦手だったと仰るソングバードさんですが、おお写真、記事
コメントを拝見しながらその表現に感じいることも多々あります
(生意気言ってすみません)もの、読まれたら、きっと共感されると
思います。機会がおありになったらぜひ♪
 

投稿: ポージィ | 2019/07/18 21:34

「こんにちは」
五感でとらえやすいものは すぐにわかる。
時の流れや人の心は すぐにはわからない。
第6感なんて確証が薄い、誤解を招く。
すぐにわかるものは 今すぐ必要なのでしょう。
わかってほしかったら言霊が教えてくれる。
時の流れや人の心は 移ろいやすい。
人の心は 読まない方が良い、変わりまわるから。
すぐにわかる、それに従って今を生きる。
すぐにわからない、今に たちまち必要ないのでしょう。

投稿: アットマン | 2019/07/19 12:38

☆ アットマンさん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
含蓄のあるお言葉。何度も読み返して味わわせていただきます。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚 の五感は分かりやすいものかもしれませんね。
それでも、心が何かで占められてしまうと、これらの感覚はすっかり
鈍ってしまうことも。
そんなときこそ、心を解き放ってあるがまま自然の中に置きたい、
すなわち五感でその季節、その日のあるがままの自然を感じ受け入れたい、
そんな風に思います。実際には心に翻弄されてできないことも多いですけれど。
ちなみに昨日今日は受け入れがたい蒸し暑さに翻弄されております。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/19 12:55

気になりながら、映画みれなかったのです。
本もあるのですね。
まず本から読んでみようかな。
ポージィさんが感じた感動を
私も共有できたらいいな。

日々の役割などに追いかけられると、
わたしのアンテナ(五感)はすぐに鈍ってしまいます。
役割の中にいても、しっかりアンテナ立てられる人になりたいです。

投稿: まる | 2019/07/22 13:43

☆ まるちゃん、ありがとうございます ♪
 
こんにちは
 
まるちゃんも映画気になっていらしたんですね。私も。
気になっていてもなかなか映画館に足を運んで観られないこと多いです。
時を同じくして本屋さんにも文庫本が平積みされていたので、
まずはそちらから。まるちゃんも機会があったら読んでみてね。
映画をレンタルで観るのも良いかも。
 
そうそう、わかりますよ。日常の様々なことに忙しい日が続くと、
それだけでいっぱいいっぱいになってしまいますよね。
アンテナ立ててる余裕がないというか。受信しているかもしれないけど
確かめていられないというか。
でもね、きっと大丈夫、受信したことは自然と蓄えられていきます。
どんなアンテナを立てるか、かもしれないですね。
まるちゃんのアンテナは素適なアンテナですよ。
 

投稿: ポージィ | 2019/07/22 16:47

 こんにちは

読書のコメント初めてですね。
それだけに感銘を受けたからででしょう。

 私はお茶とか、お花など日本古来の文化に接する機会はありませんでしたが、
何をするにも必要なのが精神統一です。 
 
 座禅は経験しました。これこそが無我の境になるものらしいですが、難しかったです。
特殊な足の組み方、慣れないと痛くて不自然でなかなかすべての現世の煩悩など忘れて
無我の境に入る精神統一はなかなか出来ませんでした。しばらくすると何となく眠たくなり、
ふらつくと鞭が飛ぶ。結構痛かった。
 でも、慣れると一番安定した座り方で、背筋が伸び、いくらか精神統一が出来たような
貴重な経験でした。

 降り出した雨に打たれる土の匂いとか、夏の草いきれなど、確かにあります。
感じても気にしなければそのまま忘れ去られて記憶に残らない。所謂気にしないことになる。
 気になることは、その人がそのことに対して何かを感じた時で、「何故」とか疑問を感じて
振り返ることによって起こる。著者も同じ境遇になったのだと思います。

 昔、小学生時代の短詩である人が「ああ、草がぬっか匂いがすっど」(鹿児島弁)
「ああ、草がむっとする匂いがする」と言う夏の草いきれの端的な表現として入賞したのを
思い出す。

 

投稿: 夢閑人 | 2019/07/22 17:49

☆ 夢閑人さん、ありがとうございます ♪
 
こんばんは
 
そうですね。読書は子供のころから好きでよくしてきて、感動の本との
出会いもたくさんありましたが、これまでの感動とはちょっと違う感覚を
覚えるものでした。作者が自然と自分とが溶け合って一体化するような
感覚を覚えたのと同じような感覚に、私も読みながら包まれたような
気がしたのです。雨が降り出したときの土の匂い、草いきれ、
雨の音だけに包まれている感じ、そういうのを自分も味わったことが
あるからかもしれませんね。夢閑人さんも仰るように、そういうことは、
気にも留めずにやり過ごしてしまっていたら何の感動も生まれないし
記憶にも残らない事なのでしょうね。
季節を五感で味わうこと、そして、今あるがままの自分で生きている
そのこと自体、そんなシンプルでいて豊かな喜びとでもいうのでしょうか。
 
小学生時代に短詩で入賞した方の表現もストレートに伝わってくるものですね。
 
夢閑人さんは座禅のご経験がおありですか。無になるのは難しそうですね。
でもよいご経験をされましたね。
呼吸にだけ意識を集中すると聞いたこともありますが、人間は次から次と
雑念が湧いてきますから、これがなかなか難しい。雑念が湧いたら
また呼吸にだけ意識を集中し…を繰り返すうちに、いつしか無の境地に至るとか。
私は瞑想をしてみようと、同じようにすることがありますが、
雑念にまみれています(笑)
 

投稿: ポージィ | 2019/07/22 20:58

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