伊賀上野
13日~15日で、三重県伊賀市(元・上野市)での法事(夫の祖父の27回忌)と、
私の故郷(愛知県豊川市)への帰省とをしてきました。
13日朝早く家を発って西へと車を走らせ ![]()
昼過ぎに伊賀市へ到着、
同日夕方の法要と会食の後、東へ戻って豊川の兄宅へ泊。
翌14日は、友人宅→親戚宅→友人宅→親戚宅で夕食会、と密度濃く過ごし、
15日昼前に豊川を発って、いくつもの事故による渋滞に巻き込まれながら
予定時間を大幅に過ぎつつも、無事自宅へ帰ってきました。
伊賀市での法事の前に、上野公園へ寄り、「伊賀上野城」と「伊賀流忍者博物館」を
超特急で見てきました。ほぼ20年ぶりの再訪でしたが、お城の天守閣は中へ入る
時間はなく外観を一方向から見ただけ、お天気も今にも雨が降りそう…
と、ちょっと物足りなかったのですが、その様子をご紹介させていただきます。
どちらも20年余前に一度見ているはずなのですけど、情けないことにきれいさっぱり
忘れてしまっていました ![]()
(
写真クリックでもう少し大きめ写真もご覧いただけます
)
【伊賀上野城】

上野公園内で散発的に見られた紅葉。 これが今年の私の紅葉狩りかな![]()

上野公園内で見られる石垣。なかなか美しい石垣です。
内堀の石垣は高さが30mあって、日本一の高石垣だそうです。残念ながら今回
その様子は見てきませんでした。またの機会にしっかり見てきたいと思います。

昭和10年(1936年)に再建された、木造三層の伊賀上野城の天守閣です。
「白鳳城」との雅号があるそうですよ。
先ほど触れた30mの高石垣に支えられて建ち、日本最後の木造天守閣とのこと。
(その後再建された天守閣は、みなコンクリート製ということなのでしょう)
今回中に入らなかったので、こちらも次の機会には内部もじっくり見たいと思います。
青空の下で見られたら「白鳳城」と呼ばれる美しさがもっと際立って
感じられたでしょうに残念な天気
。これも次の機会に期待しましょう。
【伊賀流忍者博物館】

伊賀市高山(たかやま)より移築・復元された江戸時代後期の建物で、
下忍の忍者の住まいだったものだそうです。いくつかカラクリがあり、
現代の忍者?が案内し見せてくれます。




「忍者体験館」には、忍者の道具400点が展示され、鎖帷子の重さを体感する
こともできます。ちなみに、鎖帷子は防御のためのものと思われがちですが、
実は普段それを着て生活することで筋力アップトレーニングをしていたのだそうです。
何だか久し振りに忍びが活躍する時代小説を読みたくなりました。
忍者の実態は映画やドラマ、小説の中などで描かれているものとは違いますけれど。
本当の忍者についてご興味ある方は、【伊賀流忍者博物館】HPをご覧ください。
ところで、忍者屋敷の写真で、茅葺屋根の上に点々と留めつけられている
白っぽいものに気づかれたでしょうか。 アワビの貝殻なのです。
パンフレットに「アワビの貝がらの意味が分かるかな?」と書かれているのに答はなく
気になってネット検索してみたところ、「カラスよけ」「火除けのおまじない」
「地域の意匠的な意味合い」という諸説が見つかりました。
正解は、そのすべてか、どれか一部かもしれませんね。
(「カラスよけ」の説には、ハトやカラスよけにCDをぶら下げてある
光景を思い出しました。)
京都南部、滋賀県湖東・山城・甲賀、伊賀の辺りでよく見られるそうです。
この「伊賀流忍者博物館」も、駆け足でザザザと見ただけなので、次の機会には
ひとつひとつもっとじっくり見て、かって活躍した忍びたちへ思いを馳せたり
忍者ショーも見て楽しんでみたいものです。
今回の旅は、クックが一緒でないことを始終強く意識する旅でもありました。
長距離ドライブのときの、助手席の私の膝の上にはいつだってクックがいたのに、
何の重みもなくてすかすかして… あんなとき、こんなとき必ず見せたいろんな反応も
当然何も見られなくて… またまたまた寂しさ再認識~
![]()
以上でお終いです。たくさん見ていただきありがとうございました。
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